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7月 これまでに感じたことや課題、そして将来への想い

就職して約3カ月、患者さんとの距離も縮まりつつある7月。
これまでに感じたことや課題、そして将来に向けての想いを5名の新人看護師にインタビューしました。

 

患者さんからいただいた経験を次の患者さんへ還元

Y.O(京都医療センター附属京都看護助産学校卒業)

自分は高校の時に先生に勧められて看護体験へ行ったのですが、その病院は小規模な地域密着型の病院で、何十年もそこにいらっしゃる方々が多く、実際に家族のいない患者さんもいる中、家族のように温かく接している看護師の姿にやりがいというか、魅力を感じて看護師を目指しました。
宇多野病院で一度実習をさせていただき、その時は3週間同じ患者さんを受け持ち、退院まで見届ける事ができました。パーキンソン病の患者さんでした。作業療法が嫌で行きたがらなかったのですが、唯一バレーボールが大好きなので、風船を使った作業療法を取り入れていただきました。この実習で多職種との連携やチーム医療を体験する事ができました。また患者さんが思い描いている退院後の理想の生活が、現実的には無理なこともあるのですが、それを患者さんやご家族と一緒に考え、理想を目指しながら現実の問題とのすり合わせを行なって、最終的には笑顔で泣きながら退院されました。その姿に、宇多野病院の理念である「寄り添う看護」を肌で感じ、とても印象的な実習となったので、宇多野病院に就職しました。
就職して2カ月半ほど経ち、最初の頃は受け持つ患者さんも少なく、一人の患者さんとたくさんコミュニケーションも取れていたのですが、少しずつ受け持ち患者さんも増え、日々自分のしなければいけない事に精一杯になってしまっているのが正直なところです。でも、ひとり一人の対応は丁寧にするように意識しています。毎日患者さんをみていく内に、数値を見なくても少しの変化に気づけたり、患者さんが悩みを話してくれたり、お礼の手紙をくださったり、そんな小さな出来事に自分の成長と喜びを感じ、それを糧にがんばっています。
今は先輩にフォローについていただいて患者さんのところに行っています。患者さんは、相談などはやはり先輩の看護師にされる方が多く、先輩も患者さんから聞いた事に対して経験を踏まえて、いろんな選択肢を患者さんに提示されています。自分も患者さんからいただいた経験を活かして他の患者さんにも還元できて、信頼される看護師になりたいです。そして病気を患っている患者さんたちに、自分の持っている活力などを与えて笑顔になってもらいたい、それが自分の目指す看護師像です。

 

その人らしさを支える看護を

N.U(大阪医療センター附属看護学校卒業)

私の母も看護師をしています。歳を重ねても研修会に行ったり、資格取得の勉強をしていたり、向上心を持って仕事をしている母の姿を見て育ちました。そして私がそういう仕事に就くのもいいのかもしれない、自分の成長のためにもなると考えて看護師を目指しました。
宇多野病院ではありませんが、実習でパーキンソン病の患者さんを受け持ったことがあり、そこでの看護は、患者さんが少しずつ悪くなっていく中でも「その人らしさを支えるために、看護として何ができるのか」という事を考え、体操や睡眠のリズムなど生活に密着した様々な看護をされているのを見て、私もそういう看護をしてみたいなと思いました。そしてインターンシップで宇多野病院に来させていただき、看護師さんが「諦めない看護を目指してこの病院はやっているの」という話をされていました。実際にインターンシップを通して「ここでなら私がやりたい看護ができるのかな」と思い、宇多野病院を選びました。
就職してから、あっという間に時間が過ぎました。私が働いている1病棟は主に筋ジストロフィーの患者さんが入院されています。そのため、気管切開をされている方が多く、言葉でのコミュニケーションが難しくて当初は何を言っているのかも分からず、先輩に聞いてもらう事が多かったのですが、最近は少しずつ何を話されているのか、本当に少しずつですが分かるようになってきました。やはり、自分で聞き取り、患者さんが求めている事ができるようになると、患者さんもやってほしい事などを話してくれるようになり、とても嬉しく思います。
現状はまだ、受け持った患者さんのことで必死になっているので、私の理想とする「その人らしさを支える看護」を忘れず、「その人らしさというのは何なのかっ?」という事をきちんと考え、看護に結び付けられるように頑張っていきたいと思います。

 

対応だけではなく、知識あってこその看護を目指して

M.O(大阪医療センター附属看護学校卒業)

私の祖母が終末期で入院している時、看護師さんにすごく元気づけてもらいました。友人にも看護師が多く、看護師ってかっこいいなと思っていましたが、私はあまりしっかりしていないので無理だとあきらめていました。でも友人たちから「学校できちんと勉強したらなれるよ」と背中を押してもらい看護師を目指すことにしました。
看護学校では、在宅の授業で神経難病であるALSの方のビデオを見る機会があり、どんどん動けなくなって目も閉じてしまうという状況で、意識はしっかりされている患者さんの姿を見て、怖いというか辛いだろうなと感じ、そういう方やご家族の支えになりたい、神経難病の看護がしたいな、と思うようになりました。機構内では宇多野病院が神経難病に特化しているという事で、まず興味を持ちました。就職説明会の時には、先輩方からすごく教育体制がしっかりしていて、技術一つを習得するにしても何度も見てくれ、ひとり立ちするまで見守ったり、教えてくれたりすると聞きました。私は自分の看護技術をしっかり身に付けたいと思っていたので、宇多野病院を選びました。
就職してから約3カ月が過ぎ、自分のするべきことであったり、仕事の流れや業務を覚えるであったり、そんなことで毎日手いっぱいでした。最近は先輩から「自分の業務をするだけじゃなく、きちんと患者さんの事を考えて環境を整え、布団の掛け方一つにしても気を遣いなさい」と教えていただき、患者さんを第一に考えないといけない事を改めて感じました。最近では少しずつ採血などの技術も増え、たまには先輩に褒めてもらうこともあって、嬉しくてまた頑張りたいな、と思っています。
私は患者さんにやさしい看護師になりたいと思っていたのですが、対応だけではなく、知識があってこそ看護ができると思います。私が勤務する3−1病棟の先輩看護師たちはすごく勉強されている方ばかりなので、セミナーの情報等を私に教えてくれます。これから何年も働いていくと思いますが、現状の勤務に満足せず、患者さんの事をしっかり看護できるように勉強し続けていく看護師になりたいと思っています。

 

患者さんに合う看護は何かを考え続ける看護師に

N.S(舞鶴医療センター附属看護学校卒業)

私にはひと回りくらい歳の離れた妹がいます。その妹が生まれた時に私もこんな医療職に就きたいなと思いましたが、あまり勉強が好きな方ではなく、自分には縁がないとあきらめていました。でも中学校の先生がすごく勧めてくださった事もあり、そこでちょっと頑張ってみようかなと思い看護師を目指しました。
看護学生の時に実習で行った病院はほとんどが急性期だったのですが、在宅の実習に行った患者さんがALSの50代の女性の方でした。2回ほど訪問させていただいた時、ご主人が奥さんの介護をとても楽しそうにしていて、とても素敵な暮らしをされていました。奥さんはALSで、どんどん病気は進んでいき、「一年前にはこんな状況は考えられなかった、という生活をしているよ」とご主人が話してくださいました。それでも私には「すごくいいな」と思えるような姿で、暗い気持ちになるのではなく、すごく明るい前向きな感じで生活されていました。その経験から、私も、治らない病気と闘いながらも明るい気持ち忘れずに暮らせるよう、看護師として支えていけたらいいなと思ったこと、以前宇多野病院で働いていた看護学校の担任の先生から、私に合っているのではないかと勧めていただいたことがきっかけとなり、宇多野病院に就職を決めました。
今は自分が分からないことすらも分からないというような状況で、想像以上に毎日が早くてびっくりしています。病棟内ではチームに分かれているのですが、先輩方はチームの内外にかかわらず「ここは良かったよ」とか、「次の勤務までにここを目指そうね」と分かりやすい言葉で伝えてくださり、何とか心折れずに「次はそこを目指して頑張ろう」と思い、毎日がんばれているという感じです。
今は毎日が忙しくて、常にしなければいけない事に囚われすぎ、患者さんと接している時も余裕がないなと感じています。約3カ月経った今は患者さんも私の顔と名前も憶えてくださり、「何か今日はすごく忙しそうやね」と言われると忙しさが伝わっているようで、そんな事を感じさせない余裕のある接し方が常にできるようになりたいと思っています。
先輩からも「満足してしまったらそこで終わり」と助言をいただいているので、常に自分のやり方が正しいと思うのではなく、学校や現場で学んだ事から客観的に考え、自分のスキルアップにつなげて、本当に患者さんに合っているかを考え続けられる看護師になりたいです。

 

患者さんがやりたいと思うことをやれるように工夫していく看護を

S.T(京都医療センター附属京都看護助産学校卒業)

同じ年の友達が、10年程前に癌で亡くなりました。その友達が終末期で本当に苦しい時にメールなどを送ってくれていたのですが、私はすごく怖くなってしまい、友達が死んでしまうという現実から気持ちが逃げてしまったところがありました。人と関わることが好きで、何か人の役に立てる仕事がしたいと以前から思っていた事もあり、これからは大切な人が亡くなっていく時に側にいて励ますというか、そういう事ができる仕事はなんだろうと考えた時、看護師という仕事があると思いました。
看護学校1年生の時、たまたま行った宇多野病院のブースで、当院についていろいろと説明を受け、「患者さんと一緒に歩む看護」や「あきらめない看護」という理念についても教えていただきました。看護学校の母体病院は急性期だったので、あまり興味が持てませんでした。段々身体の機能が落ちていく患者さんの残っている機能を活かしながら、その方がやりたいと思っていることをできるだけやれるように看護師が工夫していく、そんな宇多野病院のような看護の方が私のやりたい看護に近いと思い、宇多野病院を選びました。
今は自分が本当にできないという事を実感していて、毎日先輩や患者さんに「ここはこうやるねん」と直に伝えていただいて仕事をしているのですが、結局自分の事で手いっぱいで、チームで動くという事も考えられていません。先輩も指導してくださり、「こういうところはできているけれども、もっとこういうところを強化しないとね」と、きちんと分けて説明してくださっています。そんな私も、最近は段々と担当させていただく患者さんの人数も増え「今日の担当は私です」と挨拶をすると、「あんたが担当で良かった」と言ってくださる患者さんもいて、そういう事がすごくありがたいと思います。
私が勤務する病棟の先輩たちは、患者さんの事を考え、看護計画の見直しやセンサーマットをつけている患者さんの行動制限カンファレスを、週に一回は必ずされています。「本当にこの患者さんにとってこの計画でいいのか」という事を絶えず考えている先輩の姿を見て、やっぱり患者さんを大事に考えられる看護師に私もなりたいなと思います。まだまだ遠い道のりですけど頑張ります。

 

 

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